LIOJ 35th Anniversary
Masahide Shibusawa
Executive Director, MRA Foundation
Co-Founder, Language Institute of Japan

In Appreciation

澁澤雅英

 設立の当初から現在に至るLanguage Institute of Japan (LIOJ) の記念すべき活動の経緯を詳述した、このCDの出版をお祝いするとともに、財団法人MRAハウスを代表して心からの感謝を表明したい。

 60年代の後半、ハーカー先生夫妻を交えての話し合いの中で、当時漸く増えつつあった留学や赴任など、海外での活動を予定する日本人のために、語学訓練並びに生活全般のノウハウを提供するための実験的なプログラムの立ち上げを計画していた時点では、この企画がのちにこのような形で発展し、日本の国際化の推進に貢献するとともに、小田原アジアセンターの運営にも大きく寄与するようになるとはほとんど予想していなかった。

 Instituteという名称は考えていたものの、LIOJはいわゆる「組織」ではなく、また詳細な教育の方式や長期的な資金計画に基づいて設立された「学校」でもなかった。強いて言えばその実態は日米両国をはじめ多くの国々から参加した人々の出会いと交流の中から自然発生的に生まれた独特の「現象」と言う性格が強かった。したがってプログラムの運営や発展の道筋も、事前に決められた計画によるというよりも、時代の変化や日本社会の意識の変貌に、その都度臨機応変に対応した結果が実を結ぶという場合が多かった。

 このような運営を可能とした背景の一つに、当時世界的な規模でユニークな活動を展開していたMRAの影響があったことは間違いない。LIOJには、MRAを宣伝広布する意図は一切なく、英語によるコミュニケーションの能力の向上という目的に特化し、それを通して戦後日本の抱える緊急の課題の一つである国際化を推進することに専念してきた。しかし実際の活動や生活のなかには、MRAから受け継がれた生き方や、仕事への取り組みの形が色濃く残っていた。

 創始者フランク・ブックマン博士の言葉を借りれば、MRAは「組織」ではなく「force」(行動のための集団?)であるとされ、定款や会員組織、運営規則など、組織を管理するための規範を持つことを意識的に避けてきた。参加者はそれぞれの意識と信念に基づいて自由に活動することを期待され、労働の量や時間、それに対する報酬、MRA活動と個人の生活の区別を規定する労働協約もなかった。LIOJの初代校長となったローランド・ハーカー氏とテルツ夫人は長年にわたるMRAの実践者で、LIOJ発足後もその生活は一日24時間、週7日間、すべて目的達成のために捧げられていた。

 いわゆる業務規定がないなかで、校長夫妻が率先実行しているこうした仕事の形は、ベトナム戦争以後の反体制的風潮の中で生きてきた米国人教員には受け入れられないのではないかという懸念は杞憂に終わり、歴代の校長や教員の教育活動への意欲が、LIOJ特有の文化と、不思議なほど合致することが分かった事は喜ばしい驚きであった。当然ながらMRA運動に参加しようとした教員は一人としていなかった。しかし彼らは、宿泊を伴う集中的な語学特訓という方式が、教員・学生の双方に要求する格別の熱意や、厳しい教育と学習という現実を喜んで受け入れた。そしてその結果として、精緻な業務規定や、教員の権利と義務に関する詳細な規則に縛られた通常の学校の現場では望めないような、ユニークな教育の方式の実現が可能となったのである。

 35年の間に合計340名に及ぶ教員が、期待される仕事の厳しさを承知の上で、LIOJの教職に応募した。彼らを引きつけたのは、おそらく理想的な形での英語教育を実験できる機会と可能性だったのではないかと思われる。一方受講者の間からも、LIOJが要求する学習の量と厳しさへの不満は殆ど聞かれなかった。殆どの受講者が、一流企業の社員であり、近い将来の海外赴任を予定されており、できるだけ多くの英語を、できるだけ早く習得したいという強い動機を持っていた。このような受講者と外国人教員の出会いが、教育の効果を高め、この国ではほかに例が少ない、きわめて効果的な語学教育の環境を生む契機を作ったものと思われる。

 70年代から80年代にかけてLIOJが毎年提供した各4週間の企業向け特訓課程は年間11回におよび、受講を希望する全国の一流企業が殺到した。結果として教員たちは、月ごとに新しい受講者を迎えて繰り返される高度で集中的な教育活動に、年間を通じて殆ど休む機会もなく対応しなければならないこととなった。このようにMRA時代を思い起こさせるような生活と労働の形に、教員達が耐える誘因となったのは、知的水準が高く、強い意欲を持つ受講者の集団との交流を通じての、きわめて刺激的でやりがいのある職場環境だったに違いない。

 企業向けコースのこうした発展は、たまたま日本の高度成長の時期と重なっていた。4千名を超えるエリート企業人が4週間の泊まり込み特訓を受け、毎日の生活と学習を通じて、外国人教員との間に、親密で高度な対話と交流を体験したことを通してLIOJ、ひいてはMRA財団は、当時の日本の緊急な課題であった国際化に対して大きく貢献することとなった。

 企業向けプログラムのほかに、LIOJは過去35年、毎年夏に英語教員を対象とする一週間の宿泊付きワークショップを開いてきたが、LIOJ特有の教育の方式は、ここでも大きな効果を上げることとなった。全国の教員の間で年を追って高まりつつあった英語教育力の向上と、自分たち自身の英語力の拡充への意欲と、日本の同業者達のこうした努力をあらゆる形で支援したいという外国人教員の熱意との出会いがどれだけ効果的な教育環境を作り出したかは、何年、何十年と毎年夏の暑さを押して連続的に参加する教員の数の大きさからも察することが出来る。またワークショップを機会にLIOJが講師として招聘した世界的に有名な教育学者たちの存在も、この企画に優れて学問的な質をもたらすこととなった。さらに70年代後半以降は、タイ、中国、ベトナム、インド、マレーシア、ロシアなど多くのアジアの国々の教員が受講者として参加するようになり、またこれらの国々で長い間英語教育に携わってきた多くの外国人教員を講師として招待したが、それらはLIOJ自体の国際化に新しい広がりをもたらすこととなった。

 70年代、80年代を通じて日本の対外関係は、継続的で巨額な貿易収支の黒字に起因する貿易摩擦に巻き込まれた。LIOJは、こうした問題についての明確でバランスのとれた理解を醸成することを目的として、受講者との間に詳細な議論を進め、将来国の内外で彼らが出会う人々との間で、率直で実のある対話を行うことができるよう支援を続けた。

 しかし90年代に入ると、いわゆるバブル経済が崩壊し、日本は深刻な経済の破綻に見舞われた。そしてこうした困難を契機として日本の外部世界との関係も質的な変化を見せ始めた。過去数十年、或いは数世紀にわたって支配的だった日本中心の考え方が徐々にやわらぎ、国も国民も21世紀の世界との関係に、今までより柔軟な姿勢を見せるようになった。とは言っても、今後の日本はなお世界における正しい場所と役割を見出さなければならないし、中国、朝鮮半島、ロシア等の隣国との間の各種のわだかまりを克服しなければならない。

 最近の日本の問題に関する分析では、とかく経済問題に重点が置かれがちである。経済の速やかな回復が重要である事は間違いないが、この国を取り巻く本当の問題は政治や社会のシステム自体の見直しの困難にあるように見える。70年代、80年代を通しての驚異的かつ継続的な経済成長の背後で、日本の意思決定の仕組みが過度に官僚化し、時代遅れとなる一方、複雑な既得権益の枠組みが、政治経済の中心に深く浸透・定着するようになった。国民の大半は変革を強く望んでいるが、それが長い間当然の与件と考えてきた社会的安定を阻むのではないかという恐れが強い抵抗勢力となっている。今後数年間はこれら相反する力が日本の政治社会を支配することが予想される。

 バブル経済崩壊後の不況は、長年にわたって運営の中心となってきた企業向けコースの市場を破壊するという形でLIOJの経営に大きな困難をもたらすこととなった。不況の長期化によって多くの企業が社員訓練の予算の削減に追い込まれたが、それに追い打ちをかけたのが円の価値を巡る為替レートの大幅な上昇であった。60年代にはドル当たり360円であったレートが90年代半ばにはなんと79円と4倍以上に跳ね上がった。それが企業向け集中コースのコストを、市場の許容範囲を超えて拡大した結果、LIOJは、これらのプログラムを縮小し、高校生のための集中コースや、地域の学校、或いはタイ国におけるティーム・ティーチングなど各種の代替企画への進出によってこれに対応しようとしている。

 LIOJが過去において展開してきた多国籍、多文化、多言語による教育活動は、今後、よりバランスがとれ、相互的な利益を増進するような対外関係を目指す日本に取って貴重な支援を提供できるものと思われる。1996年以来校長の職にあるジム・ケ イニー氏が、外部の環境が困難を増す中で、優れたリーダーシップを発揮してLIOJの運営を継続してきたことに対して心から感謝している。そして夫人のドライ氏やスタッフの支援を得て、今後のLIOJが、将来の日本の本当の必要に応えるような新しいプログラムを打ち出すことを願っている。

 終わりに過去35年間、情熱と努力を傾けて、LIOJという名の記念すべき「現象」を可能にしてくれた歴代校長、教員、受講者、講師、スタッフなど、全部で1万8千人を優に超えるすべての人々に心からの感謝を捧げたい。


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